Kaleidscopic Gallery Scene

小山田二郎 展 「漂泊:46年ぶりの再会」

文京アート Bunkyo Art  2005年5月24日(火) - 6月11日(土)

7月3日まで東京ステーションギャラリーで「異形の幻視力
小山田二郎展」(http://www.ejrcf.or.jp/gallery/index.asp)が開催中。


「小山田二郎(1914-1991)は、1959年に詩人で美術評論家である瀧口修造氏の推薦で油彩大作展(東京画廊)を開催した。その展示作品の中に、西洋の古典的題材を借り、人間の本質をユーモラスに表現した「アダムとイヴ」があった。この作品はその後、人目に触れることなく作者自身の人生と同様に漂泊の道を歩みました」


・・・ここに展示されているのが、「アダムとイヴ」ですね。

小山田二郎は、かなりいろいろなモチーフを描いていますけれど、今回、東京ステーションギャラリーのポスターになった「ピエタ」や「アダムとイヴ」など、古典的な題材も描いているんです。このような題材を使うと、この方はクリスチャンですかという質問をよく受けるんですけれど、そうではなくて、西洋の宗教的題材を借りて、現代の世の中に対する批判を込めたメッセージなんですよ。また人間の奥深い業を自分の業と重ね合わせて、それを一生追求した作家だと思います。

・・・この「アダムとイヴ」は、描かれた後、人目に触れることなく作者自身の人生と同様に漂泊の道を歩んだということですが・・・。

「アダムとイヴ」は1956年に制作されました。小山田二郎は1952年に瀧口修造氏の推薦によりタケミヤ画廊で初個展を開催し以後毎年開催していたんです。1959年に団体展に疑問を持ち、自由美術家協会を脱会。これ以後画廊の個展を中心に発表の場を切り替えたという事です。

・・・1959年に東京画廊で発表と画歴に書いてありますが・・・。

それまで毎年発表してきたタケミヤ画廊が諸事情で閉廊してしまいましたので、1959年に東京画廊で瀧口修造氏の推薦で個展を開催したんです。その時は新作展ではなくて、近作の大作を10点くらい展示したんですけど、ただこの作品は売れなかったのでアトリエにあったようです。それを購入された方がいらして、その後いろいろなコレクターの間を変遷して、やっと僕と巡り会ったという感じですね。
今回の展覧会に「漂泊:46年ぶりの再会」というタイトルをつけたのは、1959年の東京画廊の個展の折りに作られたパンフレットに、この作品が紹介されているからなんです。それをご覧になった方は46年ぶりの再会になると思って・・・。

・・・なるほど。

それに小山田二郎は、裸婦を生涯に5-6点しか描いていなかったと思います。僕が見た限りでは油絵が2点、あとは水彩画です。ですからこの絵は、珍しい作品だと思いますよ。

・・・かなり資料を研究されて・・・。

研究しているというよりは、僕は画商だから、作品点数を数多く見て売買をしていますからね。その分実践的だと思います。作品を大まかに把握していなければいけないし、最低限調査がすんでいない作品は、整理していかなければいけないですから。
資料はだいぶそろってきてはいますけれども、制作年代の違いや題名の違いなど、まだまだ整理し直さなければいけないんですよ。時間が経てば経つほど関係者が少なくなってきていますからね。

・・・夫馬さんと、小山田二郎との出会いを教えた下さい?

僕の兄がコレクターで、当時同世代の作家に薦められてコレクトし始めていたんです。ちょうどそのころ僕はまだ田舎に暮らしていたんですが、アルバイトの帰りにある古本屋に立ち寄ったら、 小山田二郎の画集を見つけたんですよ。当時親父から、兄貴がこういう絵をコレクトしているということを知っていましたので、手にとってみると、とてもおもしろい絵だったので驚きました。また作者の顔を見てもっと驚いたんです。

・・・確かご病気でしたよね。

年とともに病気がだんだん進行していきましたからね。二歳ぐらいで発病しているから、ずっと十字架を背負っていたわけですよ。彼にしてみれば、自分自身の身体に対して恐怖感があったろうし、それを乗り越えるのはとても大変だったと思いますよ。絶えず誰かの視線を受けなければいけないし、若い頃は辛かったと思いますね。年をとってきてだんだん穏やかにはなってはきたけれども、生涯安らぎはなかったんじゃないですかね。それで絵に全身全霊でぶつかっていったんじゃないですか。ただ僕は晩年になってから会ったので、若い頃の話は聴いて知っているだけなんです。

・・・ステーションギャラリーの展覧会を拝見しましたが、水彩画がすごく良かったです。

晩年になると若干気の抜けたのもあるけれども、水彩はこの人の性質に合っていたみたいなんです。油絵だと時間がかかるから、それまで待っていられないような性格だったみたいですね。もちろん水彩画も乾かさなければいけないんだけれども、油絵よりも時間が少なくてすむから、先日うちの画廊にこられた方で、40数年前にアトリエに訪ねた方が、「洗面器で水でざぶざぶ洗っていた」とおっしゃってましたね。

私がよく手がける水彩画は、オートマチズムといってしまえばそれまでだが、端的にいって内部混沌の煽りを多彩に色どり、手探りの映像を自分の眠っている可能に直結することが念願である。定着の早いこの顔料は、消しては書きするうちに、紙の裸がはがれ始めて思わぬところに奇怪な亀裂や湖のようなしみを現出させるのである・・・(中略)・・・しみや線は形らしきものに変わり、スペースの限定は逆に個々の形の支配を始めだすときである。惨めな悔恨が敗北感を伴って私を沈黙させるのである。ここで私は筆をおくのである。(小山田二郎の言葉より)


                 
 


・・・今回の小山田二郎の回顧展は、油彩画が38点、水彩画が77点の展覧ですが、水彩画をこれだけ多く拝見したのは初めてなんです。色がとてもきれいで驚きました。

もう50年もう経っているとは思えませんよね。1994年に栃木県立美術館と小田急美術館で、回顧展が開催されてるんですよ。そのときは油絵がパーフェクトに出展されましたけれど、水彩画も資料的に出展されていました。そのときに色がとってもきれいで・・・。小山田二郎は、よごれた色と美しい色との比較がすごいと思います。他の方がきれいな色だけ使って描いても、こんなにきれいには見えないでしょう。たとえば泥水の中のハスの花をより美しく感じるようなものだと・・・そのギャップを彼は、わかってたんでしょうね。ですのでいつか水彩画の展覧会をしたいと思っていたんです。今回は特に50年代60年代を中心として、いい時代の水彩画にスポットを当て企画いたしました。 (東京ステーションギャラリー 主任学芸員 成川さん)

・・・水彩画の評価はどうでしょうか?

公的な場所にはそんなには入っていませんね。それはどこの美術館でも、水彩画や版画を飾る機会が少ないし、日本の美術館事情として、小画面よりも大作を重視している傾向があるからかもしれません。でも一般のコレクターには、金額的に買いやすいので人気があります。
小山田二郎の水彩画は、密度がとても濃い大きい宇宙を表現しています。勿論油彩画も含めてイメージの豊潤さに驚かされますよね。だから僕自身はいい絵は必ず評価されると思っているんです。しかも数字的にも評価されていかないと意味がないと思っています。それを展覧会をやりながら広めていけば、今以上に評価してもらえると思っているんです。一足飛びにはいきませんね。だからやりがいがある。僕にとって小山田二郎は今まで以上に、もっと評価されてもいい作家だと思っていますから・・・。

・・・今回の展覧会をご覧なった方は、やはり年輩の方が多いんでしょうか。

昨日美術館に見に行きましたが、かなりの人数が入っていましたよ。特に若い方が熱心に時間をかけて見ていましたね。うちの画廊にも30代くらいの方だと思いますけれど、3日間ずっと通って来られた方がいました。夕方の6時に来て、画廊が閉まるまで絵の前にじーと立ち尽くしているんです。以前から、この作家の展覧会では、よく見られる光景なんですよ。何か感じるものがあるんだと思いますね。僕はその姿を見るととてもうれしくなるんです。

小山田二郎 関連情報 2005.2 2003.6 2002.3 2001.7 2001.4

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