矢野真 展 “輪廻”
2005年8月31日(水)-9月10日(土)



新生堂
東京都港区南青山5-4-30 TEL 03-3498-8383
11:00-18:00 http://gaden.jp/shinseido.html


1967 東京都葛飾区に生まれる
1993 東京芸術大学大学院美術研究科 修了

<個展>
1993 「虚」三木ギャラリー(東京)/1995 「追憶」J2ギャラリー(東京)/1996 「私風景」ぎゃらりーこいち(東京)/1997 「私風景−Recent works」ちばぎんアートギャラリー(東京)/1999 「現存在」J2ギャラリー(東京)/2004 「矢野真の立体」イセザキモール・コイチ(神奈川)/2005 「輪廻」新生堂(東京)

<主な公募・企画展>
1994 第40回一陽展/青麦賞(東京都美術館)/1997 Come into the world '96 ぎゃらりーこいち(東京)/1998 第7回現代日本具象彫刻展(千葉県立美術館)・第44回一陽展/会友賞(東京都美術館)/1999 いま立体がおもしろい・5SCULPTURE WORKS(ぎゃらりーこいち企画・東京)・ 立体の魅力(ギャラリーゆう企画・大垣)・第4回国際現代アートバルセロナ '99展(JCAA企画・GRACIA / BARCELONA)/2000 アートの隠れ家・木の棲み家(小田原商店街企画・小田原)・ 魅力の若手立体作家展(gaden企画・かねこあーとギャラリー・東京)/2001 第27回歩会彫刻展/招待作家(千葉県立美術館)
2002 第48回一陽展/損保ジャパン美術財団奨励賞(東京都美術館)・企画展 触れる美術展(千葉県立美術館)/2003 第29回歩会彫刻展(千葉県立美術館)・ 第7回新生展/新生賞(新生堂・東京)・ 第49回一陽展(東京都美術館)・企画展 触れる美術展(千葉県立美術館)・ 第19回現代美術国際交流展バルセロナ2003(ACEA'S PROMOCIO D'ARTISTES PLASTICS)/2004 第23回 損保ジャパン美術財団 選抜奨励賞展・新作優秀賞(損保ジャパン東郷青児美術館)

現在 一陽会会員、日本美術家連盟会員


・・・「新生賞」おめでとうございます。矢野さんのテーマは「人と自然との関わり」とお聞きしましたが、少し説明してくださいますか。

私の作品は、蝉の抜け殻がヒントになっているんです。「人と自然との関わり」というのは、「人と自然」との二項対立ではなく、人も自然の存在であり、ベースにあるのは死生観というか、生きるという形なんです。まさに今生きているという瞬間を形に表現できたらいいなと思っています。

・・・今回のタイトルは“輪廻”。以前は「私風景」というタイトルでしたよね。

「私風景」というタイトルをつけたときも、生きるということがベースにありましたが、はじめは“私の気持ち”を表現していきたいと思い制作していたんです。それは自分だけということではなく、もっと大きな広い意味での「人」を表現できたらいいなというのがありました。今回“輪廻”というタイトルをつけましたが、仏教思想の“輪廻”ではなく、自分が生まれ変わるという意味での“輪廻”なんです。

・・・なるほど。蝉の抜け殻を脱皮ととらえれば、人も脱皮するということですね。ところで矢野さんの技法は「型どり」を使われますが、テーマとの関係は?

人の型を使っているのは今生きている人たち、「今」をすごく大事にしたいと思っているからなんです。「今」でなければその人の顔はとれないし、たとえば同じ人でも10年20年30年経てば全然変わってしまう。
ですから今一番いいと思っている形、今生きている人たちの姿を作品の中に込められたらという気持ちがあったものですから。

・・・「型どり」は、難しい技術なんですか。

顔はアルギン酸でとりますからそうでもないですけど、タイミングが難しいんですよ。体をとる場合は、シーガルが医療用包帯を使っていますが、あれと同じ方法でとって樹脂を流し込むんです。

・・・作品の中に鏡が内包されていたり、体の中から手が出てきているのは、やはり内部から生まれ出るということなんでしょうか。

何かが産まれてくるというか。自分の中の「もう一歩を超えたところ」かもしれないです。そういうものを表現できたらいいと思っています。

・・・1993年から作品(http://www.gaden.jp/arts/yano.html)を拝見していますが、最近はかなり動きが出てきたというか。ダイナミックに展開されていますね。

最近は人のフォルムをうまく取り入れたいと思っています。今までは、顔と手だけあれば人が表現できるんじゃないかと思っていましたから、棒状になっていたりしていたのかもしれません。

・・・羽がはえている天使のようなイメージは、理想の女性像なのですか。

人体的には、女性のフォルムを利用しているんですけれども、どちらかというと人を表現しながら、実際に出てきたものは中性的なもののイメージがあり、これは依然言われたことなんですけど「女性のフォルムを使ってもエロチックな感じがしない」と、それはある意味自分が狙っていることで、直どりすると女性なら女性特有の形が、生々しいく出てしまう。でもできるだけ菩薩や観音じゃないですが、中性的な存在を表現したいなと・・・。

・・・菩薩や観音という言葉を聞くと、崇高なるものを具現化しようとされているのかと思いますが、逆にそれを超えることも脱皮に繋がるのかもしれませんね。これから先はどういう展開を考えてらっしゃいますか。

今は人間のフォルムを具体化して形にしてるんですけど、それをもう少し違う形で追及して行けたらいいと思っています。

〜10日まで。

(C)YANOMAKOTO