渡辺晃一 個展 Veronica 2005 〜Life Hands〜
2005年9月27日(火)-10月8日(土)

スパンアートギャラリー
東京都中央区銀座2-2-18西欧ビル1F TEL 03-5524-3060
11:00-19:00 http://www20.big.or.jp/~sag
| 1967 北海道に生まれる |

| 【制作した人物】 身体の部分(利き手)を型どりした作品を37点展示。 |
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日本では「手仕事は心の仕事。手のかたちは心のかたち」 という言葉がありますよね。「手」は顔の表情と同じように、心の動きを示しますが、それは単に手の仕草や表情だけではなく、指紋や掌紋、指や手掌の姿など、個人の持つ身体の魅力にも含まれていると思いました。「手は口ほどにものを言う」(笑)。「手」は履歴書のような言葉の表現以上に、個人の物語、メッセージを伝えていると考えたわけです。 ・・・? 高さは38.4cm。こんなに大きいのに、多くの人は等身大位に思われています。また彼は仏像の印をふむように作ったと語っていました。施無畏印(観世音菩薩の功徳を示す印相。この印は右手の五指をそろえて伸ばし、手のひらを前に向けている形)はしかし右手でなければいけないのに、左手を作っているんです。その理由を光太郎は「施無畏印を逆にして作った」と語っているけれど、いろいろな文献を調べても、何故逆なのかがわからない。それともう一つ、この「手」のモデルは誰か。文豪の有島武郎だったようです。 ・・・知りませんでした。 先日の展覧会(http://kgs-tokyo.jp/interview/2005/050831a/050831a.htm)で題材にしたロダンも「手」を作っていますよね。(おそらく彼が「手」だけの作品を作った理由は、ギリシア彫刻の「断片」や、当時盛んに制作されていた「手の型」に影響を受けたと思われます)「手」と美術作品との関わりにある様々なエピソードを調べていくうちに、私は一層、「手」のもつ魅力を感じとりました。 ・・・今回展示されている「手」のモデルの方は、芸術家ばかりでなく、スポーツ界や音楽界など様々なジャンルの方たちですね。 はい。一番はじめに作ったのは、私の同級生だったバレーボール選手の中垣内さんです。大学を卒業した後、型どりしたもの。見ていただければ、はっきりと指紋や掌紋、手の大きさや指の形などがわかるでしょ。これを見て、様々な方が興味を示してくれました。光太郎やロダンのように、誰かが作ったものではなく、まさしく生きている人の「手」だから伝えられるメッセージがありますよね。 そのとき、大変驚かされたんですよ。掘り起こした「手」の姿形が凄かった。思いもよらないような動き、生命力のある手型が生まれてきた。長い年月の中で培った「身体」に魅了され、虜になったのです。大野一雄さんの「手」をきっかけにして、その後も音楽家だったり、スポーツ選手だったり、彫刻家や俳優の方たちの「手」も多数、型どりはじめました。 ・・・それが今回の展覧会へつながったんですね。 どんどん増えてアトリエが作品で埋まっていく(笑)。それらを一堂に会して展示したいという思いました。展示といっても、作品に個々の価格をつけて販売するのではなく、私のライフワークとして制作してきた作品の全体像を御理解いただきたい。大体5年に一度ぐらいの設定で、ご紹介していきたいと思っています。 ・・・「手」との出会いは・・・どういう基準で選ばれるんですか。
・・・ポーズはつけられたんですか? 私がポーズをお願いしたものではなく「どんな形の手もとれますよ」とお話して、モデルの方に自由に表現していただきました。でも結果的にその人の職業と重なってくるような手の形が多いんですよ。例えばトランペット奏者の日野皓正さんは「トランペットを吹く姿」になっていますよね。服部克久さんや三枝成彰さんは、音楽家を意識させます。芸術教育学の第一人者の宮脇理先生は「手を太陽にあてるイメージ」のようです。 ゴームリーさんにも曰く付きというか面白いエピソードがありますよ。ロンドンにあるゴームリーさんのスタジオへ2001年に御招待いただき、制作の場面を見たり、インタビューをさせてもらいました。帰り際に「実は私は手のコレクションをしていて、ゴームリーさんの手も作りたいんです」とお願いしました。すると「ごめん。明日からイタリアに行くので時間がない。だから手を作らせてあげるのは無理だけれど、昨日、自分で作った手があるからそれをあげるよ」(笑)。それで頂いた手がこれ。後にも先にも、昨日、自分で手型を作ったと言う方には出会えないでしょうね。そこで今回制作した私の作品は、ゴームリーさんが作った手型を見せるよりも、ゴームリーの作品のオマージュのような形にしました。彼の「手型」の下にある台座のような箱の中には、彼の手の形が空洞になって凹型で入っています。ですからゴームリーさんだけは、ネガティブな形です。 ・・・ゴームリーさんの手は、他の方々の手と比較して「量感」がありますね。 特に海外の方たちは、量感のある大きな手の持ち主が多いですね。これは彫刻家のデビッド・ナッシュさんの手です。ナッシュさんは、英国の北ウェールズにあるスタジオで作らせてもらいました。はじめにインタビューをしてから、最後に手をとらせてもらったのですが、「日本人は紳士で礼儀正しいけど、要求が多い」と言われました(笑)。 ・・・ナッシュさんの台座のイメージは? ナッシュさんの作品は、木彫のイメージを組み合わせました。ゴームリーさんやナッシュさんは素敵な手なので、そのものでも見せられるけれども、オブジェ的な要素も加えたくなったんです。
私の作品では、二つのイメージがありまして、第一印象と細部というか、インスタレーションのもつ空間全体と、個々の作品のもつイメージの両方が大切なんです。実際、「手」には、生理的な魅力、例えば指紋やシワなどの細部の持つ物理的な魅力の他に、「出会い」のもつ意味も含まれていますよね。手型をとるというのは、直接その本人に出会い、交渉をして了承を得ねばならないし、時間の制約も相手に強いるわけです。写真を撮って絵を描く場合とは違って、物理的な接触や関係みたいな問題が特に必要で、ある一定の時間や準備期間のようなものも重要です。だから、そういう一つの出会いが私の作品の大事なコンセプトになっているんです。一個一個で成り立つ造形的な要素もあるし、出会いを通してお逢いした方たちの記録としての要素もある。 ・・・なるほど。不思議だなと思うのは、名前を先に見てから手の大きさを見ると、もっと大きいはずなのにというイメージもあるんですよ。実際の手とのギャップに驚かされました。そういえば以前ペンフィールドのホムンクルスの図を見たことあるんですが、ボディーイメージでは、手の占める割合がごく大きい。それだけ人間が手を頻繁に使うからなんでしょうね。 ヒトの脳の中では、身体の半分以上が「手」でしたよね。
先月のコバヤシ画廊での個展の時も、型の作品と映像の大きさが、モデルとなった別所さんのイメージと違うと錯覚する方が多かった。でも実際に彼女が横に立つと同じ大きさだったでしょう?モデルの方がダンサーだったので、実際に踊っている姿をご覧になってきた方たちには、等身大の姿がイメージの中でどんどん広がっているんでしょうね。私が、今回展示した作品には、「モデルは素晴らしい仕事をされている方たちだけれども、それを作り出しているものは、私たちと同じ人間、等身大の手なんだ」ということも伝えたい。私たちは今、テレビなどの媒体、ヴァーチャルな映像を毎日見ながら生活していますよね。そういう虚像に対して、皆の意識が向いているけれども、実際に出会ったり、関わりをもたなければ、見えてこないものが結構あると思っているんです。それを皆さんに展覧会を実際に見ていただき、感じてもらいたいですね。出会いや関わりをもつということは「生きている」という実感を持つこと。それは美術の展覧会に実際に足を運ぶことの喜びにも繋がっています。今後とも私は、様々な出合いと痕跡を残していきたいと思っているんです。 10月8日(土)まで。
(C) WATANABE Koichi |