Kaleidscopic Gallery Scene

緒方敏明 展
2005年10月31日(月)-11月5日(土)



GALERIE SOL
東京都中央区銀座6-10-10 第2蒲田ビルB1 TEL 03-5537-6960
11:00-19:00 日曜休 http://www005.upp.so-net.ne.jp/SOL/

◇緒方敏明作品2005年
http://homepage.mac.com/kattak/ogata_2005/index.htm


【個展】
1990アートフォーラム(谷中)/1991OAGドイツ文化会館(青山)/1995大気堂画廊(横浜)/1998鎌ヶ谷スタジオ(千葉)/1999萌画廊(青山)/2003Gallery Kajima(銀座)/2005 HANARE(兵庫) Gallery SOL(銀座)/2006cafe sheep(大阪)Gallery Tiptoe(兵庫 宝塚)

【グループ展・コラボレーション】
1987,1988,1989,H.N.Y.E.1-3(東京芸術大学作品展示室 上野)/1989播磨新宮石彫シンポジウム参加 借景作品「彼方」制作設置(兵庫県立西播磨文化会館 兵庫)/1991アンデパンダン展(都立美術館 上野)/1993海山町プロジェクト 企画主催(三重 数年に渡って展開)/1994ボスニアの子供たち(兵庫)/1997日の出の森アート展(東京)1998韓国チョンジュ市美術展(韓国)、作品「気配」制作設置(ソジョンリー区 テジョン湖畔)、平面制作の展示(チョンジュ美術館エントランスガラス全面)/2003日テレ・アートマーケット(日本テレビ 汐留)/2004現代作家4 市ヶ谷展覧会(山脇ギャラリー)、日本現代陶彫マケット展 入選(セラトピア土岐 岐阜)


 作品そのものには、テーマとかコンセプトは無いのですが、私には生活のテーマみたいなのはあります。「水の美味しいところ、海のきれいなところに移り住む」というのが、緒方の以前からの生活のテーマです。住むところをさがしながら歩いて、作物の育て方を教わったりアートイベントを企画したりしていました。
日本(大台ケ原の沢や屋久島・小笠原・沖縄)やインドネシア、各地取材の断片と自分のイメージを作品にしました。その地で日常的に使われる道具類、装具品、発掘された物、などをイメージしてつくります。どこかにありそうで、見たことありそうで、だけど実際には無い物なのですが。今回は建物シリーズです。

 これは、私がいつか移り住む島にある建物を想像しました。その島に住んだときの、病院や郵便局や私のアトリエなどをデザインしました。この作品は小学校です。制作に入ると、真面目に成れば成るほどにアトリエに閉じこもってつくることに専念してしまいがちですので、計画段階では、なるべく「とにかく行動」していろんなことを知りたいので動き回っています。私の仕事はほとんどの時間を独りで立ち上げますので、どうしても偏ります。ですので、時間の許す限り外を動き回っていたいと思っています。


・・・作品を拝見していると、海や山などの水のきれいな場所に、このような建物を立てて住めたらいいなと思いますね。

普段は、未知の場所への憧れもありますけど・・・制作しているときは、建物をつくっていますので、形に対してのこだわりがあって、このエッジをもう少し直角にしたいとか、この屋根の部分をもう少しまっすぐにしたいとか、窓の隙間はこの位がいいなとか。そういう現実的なことを考えている方が多いですね。

・・・住むための家ということではないのですか。

実際にその土地に行ってこのような家を建てたいというのではないんです。自分の居住性はそんなに考えていなくて・・・自分の気持ちを制作につなげるためというか。気持ちを高揚させるために物語をつくるんですよ。
パーツだけをつくっていると、プラモデルの部品をいじっているようなものですから単調な作業になります。素材に粘土を使っていますから、同じ乾燥状態を保たなければならないので無心に作り続けなければならないのです。

・・・無心に作り続ける。

パーツをつくっている段階で日にちを開けてしまうと、収縮率が変わってしまって、部材がつかなくなり、焼いたときにバラバラになってしまうんです。それで例えばこの建物であれば、自然の中にある島の小学校をイメージして・・・。

・・・小学校ですか?

ええ。下部建物には図書館が併設されていて、塔は日時計になっています。その日時計の基礎部分には泉が湧いているんですよ。小学校は島の中核にあり島の未来を培う大切なコミュニケーションの場。みんな仲良く勉強しているんですが、この学校を卒業するときは、卒業生は塔の上から鳥になって飛んで行きます。ですから卒業式の日は、航空機は飛行禁止。勿論鳥撃ちの猟師さんもお休みです。そういう物語をつくることで、例えば「ひさしはこのぐらい延ばした方がいいかな」というようなヒントが浮かんで来るんです。

・・・透明な台の下にパーツが置かれているのは何故ですか。

上の建物に関連のあるパーツを下に置いています。 スケール感をつかむときに階段一つとっても、様々な階段をパーツでつくって当てはめて見るんです。そのなかで一番いいものを選びますので、下に置いてあるのはボツになったものです。焼物は一回性のものだから、実際にパーツをつくっていろいろ試してみないと駄目なんですよ。

・・・素材の中から焼物を選ばれた理由を教えて下さい。

以前は金属や石を使って制作していました。ただ今は町中に住んでいることもあり、音の問題や場の環境が整わないので、段々と木や紙や粘土を使うようになってきたんです。建物を作り始めたのは、たまたまそこに土があったからですかね。金属を使えば指金をあてて出したような直線や丸はきれいにできると思います。でも粘土であればいくら直線を出そうと思っても思い通りにならないし、直角にしたいと思ってもでこぼこしてしまいますよね。でも、焼物には直角や直線にしようという「意思」は出ると思うんです。

・・・意志というのは規格では表現できない「mind」ということですね。

以前彫刻をつくっているときに思っていましたけど、彫刻は「存在」じゃないですか。私のつくっているのは、手工芸品的なものかもしれないから、だから落ち込むこともありますよ(笑)。でも私は作品に自分の存在や自分の思いだけを込めようとは思っておりません。ご覧になった方が、何かを感じてくれればそれでいいんです。

・・・その何かというのは「夢のかけら」のようなものかもしれませんね。キラキラした小さなパーツが宝物のようにも思えます。

私の作品は、生活と夢が行きつ戻りつしながら浮かんでくるメモのような覚書のような・・・そこに詩や音楽が流れていたらいいなと思います。そんなふうにこの空間を感じていただけたら嬉しいですね。

〜11月5日(土)まで。

(c)OGATA TOSHIAKI


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