Kaleidscopic Gallery Scene

Yang Xiaomin Exhibition
2005年11月11日(金)-26日(土)



香染美術
東京都杉並区阿佐ヶ谷南1-10-1
TEL 03-3314-9106
11:00-19:00 http://www.kouzome.com


1960 中華人民共和国泉州に生まれる
1981 福建省(省立)工芸美術学院卒業
1985 (国立)華僑大学芸術学部教員 
1987 北京(国立)中央美術学院修了 
    中国永楽宮壁画研究所にて壁画を模写研究
1988 来日、和光大学芸術専攻修了

個展】     
1989 九段画廊(東京)/1992 調布画廊 '95 '96 '04(東京)/1997 画廊土瓶 '98(神奈川)/1999 豊田SOGOギャラリー '00 (愛知)/2000 東邦画廊 '01 '02 (東京)/2003 '05 香染美術画廊 (東京)/2004 '05 福原画廊 (東京)・広田美術(東京)・2004 北京国際アートフェア出品(広田美術 ,中国北京)

【グループ展】
1990 「現代中国絵画展」(赤坂プリンスホテル・クイーンホール)/1991 「これが現代中国の絵画だ」(北見市民文化センター・北海道他)/1992「現代中国絵画展」(赤坂プリンスホテル・クイーンホール)/1994 「現代中国絵画展」(池袋三越)/1998 [中国コンテンポラリー・アート二人展」豊田トヨタSOGOギャラリー・「日本画―純粋と越境―'90年代の視点から」 練馬区立美術館/1999 「金津制作の森アート・ドキュメント’99アジアの森から」 金津制作の森(福井)・「第4回菅楯彦大賞展」大阪高島屋・倉吉博物館(鳥取)/2001 「第五回 形象展」'02 '03 '05 香染美術画廊(東京)/2002「第5回菅楯彦大賞展」大阪高島屋・倉吉博物館(鳥取)/2004 「今日の作家展」-人間の心をめぐる表現- 横浜市民ギャラリー・金津創作の森・文化フォーラム春日井

【主な文献 】    
1998 「日本画―純粋と越境―'90年代の視点から」展図録 ,練馬区立美術館/1999「金津制作の森・ドキュメント’99アジアの森から」展図録,金津制作の森(福井)/2000針生一郎「不気味な迫力のある若者像」個展リーフレット ,東邦画廊/2002 野地耕一郎 「あいまいな息苦しさのなかで ヤン・シャオミンの若者たち」個展リーフレット,東邦画廊/草薙奈津子「作品に流れる絶対的な力強さ」東京新聞6月8日朝刊/2004「現代を映し出す鏡としての若者像」今月の作家、この作品 月刊美術2月号/2004 「今の作家展」人間のこころをめぐる表現―図録 横浜市民ギャラリー/2005 小倉正史「ヤン・シャオミンの黒の技法」 香染美術画廊

【collection】    
大川美術館/浄閑寺/福建省立美術館-中国


・・・楊さんの作品は97年の画廊土瓶から拝見しています。人物と、黒い色、銀箔の印象がとても強い作品ですが、描こうと思われたきっかけを教えて頂けますか。

まず箔をどうやって使うか興味があった。人物を描く以前は建物などの構造物を描いていて、素材に対する興味があった。はじめは思ったままで使おうと、そんなに深い考えはなく、とりあえず使ってみた。当時は箔の空間だけ考えていた。日本の場合は、箔の空間が、常に日常生活にもあるしね。いちばん大きなきっかけを与えてくれたのは、アンディー・ウォーホルの画集を見て、ウォーホルがハイヒールの作品に、箔を使っていたこと。強烈な印象を受けて「いいな」と思った。黒を使ったのも、正直箔に色を使うと嫌らしくなるから、もう一つは絵具を最小限しか使いたくない。箔や墨や木炭など最小限の素材を使って、作品をつくるということ。沢山の素材を使わなくても、極限の素材だけで問題は解決できる。わずかな素材でものを考える。

・・・2000年頃から身体の肉が削ぎ落とされて、人物というより人体の構造に重点が置かれるようになってきたと思うのですが・・・。

同じ表現の手法を繰り返したくなかったから。それにいつも何か足りないと思う。、画面をつくることに不安を感じているし。周りの人達からも、いつも箔を使って逃げていると言われる。でも僕は、逃げてはいない。逃げるつもりもない。まだつくる可能性があると思う。あくまで素材の問題だから。ただ僕の特質として、切り捨てることが多い。造形に対しても人物の表現に対しても一切余計なものを切り捨てる気持ちは強い。生活においてもそれは同じ。極限の状態が常にある。僕は中国の変革のときに、母国を離れて外に出た人間。ある時期は中国人の絵描きの意識が強かった。時間がたつとそれに何か意味があるのかどうか。自分が心情的に離れてしまったから、離れたというより、中国に捨てられたという気持ちが強い。最初は自分が捨てたんだけど、時間がたったら逆になった。そういう気持ちを、外に出た人間はもつのかもしれない。それよりも、人間になれるかどうか。それを常に考える。どこでも生きれるようにって、そうするには余計なものを捨てないと、生きられないという気持ちが強い。2000年のころからこういう考えが強くなった。中国人の作家としてよりも、作家としてやっていかれればそれでいいかなって・・・。どこかの国の作家として活躍しても、それは意味がない。だから画面から、飾り物が消えて行くように、切り捨てていく。それと箔に合う人物の形は、何なのか探している。直線の冷たい金属の箔と一致した人物の造形を探している。時間とともに変化しているかもしれないけど、テーマはそんなに変わらない。でもいつも足りない。制作が終わった時点で何かちょっと足りない。僕の制作には時間が必要。その問題に対して、それは本当に自分が認識しているのか、確認しなければいけない。そうすれば内容が充実していくと思う。

・・・テーマは「若者」ですね。

反抗的な若者が多いかな。具体的な顔よりも、ある一瞬の姿や形がいい。若者独特の反抗的な時期は短いから、その感じをつかみたい。どこかの国の若者というよりも、自分の心のなかにいる若者なんだよ。 傍若無人な姿や形が、いいなって。2004年に横浜市民ギャラリー「今日の作家展」で一緒だった写真家の橋口譲二さんの『視線』に出てくる若者たち。とても感動した。私が探してた形は、彼の写真のなかにたくさんいる。昔、原宿にいた若者たち。その姿は私が求めていた形 。だから彼に出会ったとき、とても話しやすかった。共感するものがいっぱいあった。僕らの若い時期もそうだし、今の若者にも共有するものがあるんじゃないかな。

・・・時代を超えたある意味普遍的な若者像ということですね。

それができたらいちばんいいと思う。地域を超えても若い人が共感してくれればそれでいい。もし目標として立てるならばああいう姿がいちばんいい。

・・・それをお聞きして思い出したのは、北宋時代の蘇軾の「枯木怪石図」という作品。楊さんは文人画の系譜の方じゃないかと・・・偶々若者という姿、形をしているだけで、渺々たる風景に佇む木や石を描いているようにも見えるんです。

形はあくまでも仮のものにしかすぎない。 僕は7、8年前から学校の授業で公開講座を持っていて、テーマは北宋時代の山水画の模写を担当しているんです。当時の山水画は、理論だけではなく、造形に対して歪まないしっかりした姿勢をもっている。僕はああいう造形に惹かれる。技法にしてもなんにしても、そんなに変わりがない。造形に対する歪まない姿勢。自分をごまかさないように。画面のどこを切り取っても、その密度が詰まっている。 僕はずっと模写に携わってきたから、その影響が強いと思う。北宋時代の絵は画面に説得力がある。

・・・楊さんの作品には、その流れがつながっているように思います。

つながっているというよりも、ああいうのが好きなんです。形はちがうけれども造形的に変わりはない。変わっているのは木炭を使って墨を使って絵具を使って、そういう素材のちがいだけ、実は僕は風景を描いているのかもしれない。でも絵描きならば、乗り越えなければいけないことがある。造形とテーマと素材。この三つがある時点で一致すること。その時点がいちばん理想 。テーマはテーマ、造形は造形、素材は素材、無関係な作品があまりにも多すぎる。箔を使ってテーマをしぼって、造形を究める。正直に言ってこの三つの条件がそろってほしい。テーマというか考え方は重要だし、使った素材の認識はどのくらいあるか。造形に対する自分が求めた形はどういう形なのか。この三つが一致することは難しい。でも「もの」をつくっていくことで、とても大事なことだと思う。

・・・なるほど。変な質問ですが、何故人物に頭がないんですか。

要するに僕が描くのは、耳もない「聞く耳ない」とよく言われる(笑)。私が人物を描くときは、目や鼻や口を描くのは好きではない。街角ですっと一瞬すれ違った人の形や人の顔は、一瞬なので具体的な形はない。ぐちゃぐちゃな形で認識する。ぐちゃぐちゃだけど特徴がある。そういう形になる。

・・・97年から2005年まで、断続的かもしれないけれど作品を拝見していますが、今回の作品は、かなり先ほど云われた三つ(テーマ、造形、素材)が接近してきているんではないですか。すごくリズムを感じるというか。

去年、一昨年は、一人一人の人物を描いてきたんです。自分のなかでは造形として、もう1回群像に執着したい。何度も習作を試みて、描く気持ちが強くなった。ただバックの問題はきつい。簡単に納得してないから、でも今の時点では、自分の精一杯を描いている。ただ足りないのは知っていても、まだ見つかっていない。今回の作品が、正しいかどうか分からないけれど、箔を使ってできたある形を、もう1回人物に戻す。以前は人物は人物、造形は造形、箔は箔と分かれていた。今年は、人物の造形の要素のなかに、箔の造形要素が入り込むようにしている。調和するようにしてるんです。

・・・確かに97年は素材が目立ち、99年には造形が目立ち、今までその三つがどこかでアンバランスだった。一つの調和というのが、今年になっていい塩梅にバランスが取れてきたのかなと思いますね。

いつも来年はないと思っているから(笑)。勿論もっとつくりたいし、時間があれば、もっとできるはず。でもこれは意志だけで、状況は厳しい。でも意識はしてました。素材、人物の造形、求めた形、若者と言っても、自分の求めている形は、いつもあいまい。どういう形の人物を求めているのか、どういう形を自分がいちばん気にしているのか・・・でも今年は、少し焦点が合ってきたような気がする。でも皆さんがどう見るか。それは分からない。でも共感はもってほしいと思う。

〜26日(土)まで。

(c )Yang Xiaomin


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