Kaleidscopic Gallery Scene

高松ヨク展
2005年11月14日(月)-19日(土)



ギャラリー椿 GT2
東京都中央区京橋3-3-10 第1下村ビル1F TEL 03-3281-7808
10:00-18:00 日・祝休 http://www.gallery-tsubaki.jp/tsubaki.html

・・・テーマは特に設定してはいないと言うことですが、作品は幻想的で「人の心の潜在意識を探り、人間の全的解放をめざす20世紀の芸術運動である」。シュールレアリスムの系譜を踏襲されているように思います。絵を描くきっかけをおしえてください。

僕はデザイン学校の出身で、学校の図書室で画集を見ているうちに、エルンストやゾイネンシュタインなどのシュールレアリスムの作家に出会って影響を受けました。こういう表現方法があるんだということを知ったのがきっかけかもしれません。

・・・絵具は、アクリルですか。薄く何層にも重ねて深みを出されているように見えますが・・・。

アクリルは未知の絵具だから、手探り状態で描いています。手がおそいせいもあるんですけど「仕上げでどこまで表現出来るか」という作品だから、テクニックを構築するのに時間がもの凄くかかるんですよ。結果的には、レオナルド=ダ=ビンチが創始した、薄塗りを重ねながら物体の輪郭を柔らかくぼかして描くスフマート的技法と同じように見えるかもしれないけれど、そうではないです。

・・・作品を拝見していると、蜂蜜のような皮膜に覆われた鈍い光が、アンビエントなメロディーのように存在し、いつしか幻想空間へ引き込まれる。そんなイメージを感じるんです。高松さんの作品には音楽との接点がかなりあるのでは・・・。

それはあるかもしれません。ただ僕が好きなのはクラシックではなくて、ロックです。若いころは、ポップスが好きで、ビートルズやジャズも聞きましたし、ピンクフロイドも好きですね。僕はサイケデリックの世代だから、そこが出発点なんですよ。

・・・サイケデリックとは、現実というリアリズムに対してのアンチを唱え意識の変容を容認し、意識からの解放を求めた。シュールレアリスムは、意識の介在から解き放たれた夢の中からこそ本当の「現実」が出現することを信じていた。意識の変容において、サイケデリックとシュールレアリスムの違いを単純にいえば、薬に頼るか。夢を見るかの違いじゃないかと思うんです。でも、現実と幻想というのは、表裏一体の部分がある。しかも日常からしか発生しないと思います。

日常生活の中から発生するのは当然なことだと思います。どんなにわからないものを描いても、現実から発生していると思っています。シュールレアリスムは、現実を超越した非現実ではなく。過剰なまでに現実を意識している表現だから。自分で形を想像していると思っていても、実際にはそんなものはなくて、実際の形から想像しているだけ、それが歪んでいるだけなんです。ただ作家が非日常的空間に入り込まないと、見てくれる方も入り込めない。ある種個性的でなければいけないし、意識して変えていかないと日常に埋没してしまう恐れもある。それに夢は心象のイメージだから規定できない。だから僕は「これだ」と思って描いているわけではなくて、自分が描いたものに対して、人はどういうふうに共感してくれるのかに興味があるわけです。それこそ若い時は確信めいたものを探したけれども、年を重ねてくると夢と同じで「曖昧さ」みたいなものが見えてくる。本当は作品にタイトルもつけたくないんですよ。無題では困るからつけていますが、作品を見る人にゆだねたい部分はありますね。それを自己満足ではなく、普遍的に理解してもらえるように描くということがいちばん大事だと思っています。それは作家が判断しなければいけない問題だからとても難しいと思いますね。

・・・普遍的に描くといっても、個人のsensibilityに左右されると思うのですが・・・。

まず第一に、美的価値観が個性的であるかどうかではないですか。自分が見てきれいだと思わないと・・・。普遍という言葉は、 全体に広く行き渡ることですよね。どんなに幻想的なものを描いても、現実から発生しているし、醜悪であっては普遍という言葉は当てはまらないと思っています。

・・・そうするとこれからも普遍性を目指して・・・。

わかりません。とにかく描くのに時間がかかるので、個展もまだ2回目なんですよ。3回目はいつになるかわかりませんが、描き続けていこうと思っています。

〜19日(土)まで。

(c)TAKAMATSU YOKU


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