Kaleidscopic Gallery Scene

本多恵理展
2005年11月21日(月)-26日(土)



ギャラリー椿 GT2
東京都中央区京橋3-3-10 第1下村ビル1F  TEL 03-3281-7808
10:00-18:00 日・祝休 http://www.gallery-tsubaki.jp/tsubaki.html
本多恵理HP http://rose.zero.ad.jp/pst/eri/


1988 多摩美術大学油画専攻卒業
1990 多摩美術大学大学院修了

【個展】
1987 三木ギャラリィー(東京)/1988 三木ギャラリィー(東京)/1989 なびす画廊(東京)/1990 三木ギャラリィー(東京)/1991 三木ギャラリィー(東京)/1993 ブロードウエイギャラリー/1996 ガレリアグラフィカbis/1997 三木ギャラリィー(東京)/1998 ガレリアグラフィカbis/2001 ガレリアグラフィカbis/2003 ガレリアグラフィカbis/2004 ギャラリー椿GT2

【グループ展】
19862 人展(オリエント画廊)・グループ展(ギャラリィーフロイテン・東京)/1987 神奈川県美術展〜'89・新制作展(東京都美術館・東京)〜'89/1988 新制作神奈川グループ展〜'90・3人展(なびす画廊・東京)・史水展(スペース21東京)〜'89・表現の現場展'88 (多摩美術大学)/1989 ジャパン大賞展(洋協ホール・東京)/1990 グループ展(世田谷美術館・東京)/1991フィラン大賞展(準大賞)(プロードウエイギャラリー)/1992フィラン大賞招待作家展(ブロードウエイギャラリー)・21世紀の旗手1992展(シド二−マンリー美術館・松坂屋)・日本画廊協会展(東京セントラルアネックス)/1993 年フィラン大賞招待作家展(ブロードウエイギャラリー)・21世紀の旗手日本の絵画展(松坂屋)/1995 エコールドパリ展(プロードウエイギャラリー)

【その他】
1998 池の坊華道の表紙 1年間掲載


・・・まずテーマをお聞かせください。

特にテーマを設定しているわけではありませんが、一言で言えば「風景」です。

・・・「風景」ですか。

例えば海に行って、漁船のボディの朽ちた板面を見たときに、20センチ四方の色の剥げた腐蝕された面にも、長い年月も感じれば、海の荒波の様子も風の強い様子も伝わってくる。それでこのような姿になったということがよくわかったんです。「これで1枚の絵じゃないか。これを作品にしたらどうなるんだろう」。多分そこから興味が始まったのだと思います。ですから「風景」というのは、自分が今まで経験したことや心に残った形や色、そういう諸々の記憶の断片を作品の中にコラージュしているような感覚なんです。

・・・描画の手法としては、記憶の断片をOil の特質をいかした「面」で構成し、表現上の諸要素を独自の手法で組み立てて、絵画における空間性を出すということなんですね。

そうですね。「面」であっても、絵画における空間性は自然に、表出されると思うんです。そこの部分は難しいけれども一番大切にしたいところです。色の使い方によって同じ色でも、明度の差や形の差によって、単純に手前と奥ゆきは表現できるし、その積み重ねによって絵としての空間は出てくると思うんです。先ほどお話した「風景」というのは、単純に形では言い表せないものですよね。そういう感覚を「絵」にした場合は、画面の奥行きに転化していくというか・・・。

・・・時間の流れの中から、記憶を探り、断片を「今・ここ」としての面として捉え画面の中の面の色相と形に調和させていく。

喩えが変かもしれませんが、例えば何か言葉を忘れて思い出す時に、自分の中ではわかっている言葉が口に出てこなくても、その言葉の感覚はつかまえている。その感覚を画面に表したときに「この面とこの面とこの面は、つながっていたんだ。これが描きたかったんだ」と、記憶が繋がったようなとてもすっきりとした開放感を得ることができるんです。

・・・タイトルは作品が出来上がってからつけるのですか。

そうです。タイトルは後からつけています。以前は、はじめからタイトルをつけてしまい、そのイメージに引きずられて、自分でそのイメージを壊せなくなって失敗してしまったこともありました。でも最近はタイトルにつけた言葉どおりのイメージで描く時もありますが、まったく違う種類のタイトルがつくときもありますね。例えば「休日花」を描いたときは、最初に花のイメージがあったんですけど、それと何を組み合わせるかは不確定だったのです。

・・・人間の意識の中の下意識は、流動的であり表出してくるものは断片でしかない。それをcompositionすることで、自分の世界の見方が表現できるのだと思うんです。はじめからこの手法使おうと思われていたんですか。

段々変化していきました。私は環境の影響が大きく出るので・・・以前は海の側に住んでいまして、海を意識して描いていたんですけれども、そのころは、面というよりはもっと流動的な意識が強かったんです。それが引っ越したことで環境が変わって、今まで見ていた海がなくなって、記憶だけでは描けなくなったんです。それが、とても不思議でした。毎日散歩をしたりしていろいろなものを身近に感じているんだけれども、そういうものでは描きたいという気持ちが湧いてこない。本当に苦しい時期がありました。でも段々環境に慣れて描けるようになったんです。ですから、環境とともに自然と作品が変化してきたように思います。

・・・そうすると、これからはどのような展開を考えてらしゃいますか。

自分のなかで段々と方向性が見えてきてはいますが、もっと画面の厚みが欲しい部分はありますね。それといつもやりすぎてしまうので、画面をもう少しすっきりさせていきたいなとも思っています。今回は前回の反省を踏まえ・・・2004年の作品(http://rose.zero.ad.jp/pst/eri/oil/o401.html)は、エッジも色も自己主張が強かったような気がしていますので、今回は少し抑えめにしたつもりなんです。これからも「面」で前後感を出しながら、協調性を持たせて描きたいと思っています。

〜26日(土)まで。

(c)HONDA ERI


このページについて