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・・・タイトルは「不思議館」
明治36年の第五回内国勧業博覧会(1903年大阪新世界で開催)の様子を、ある雑誌で見たのですが、そこには「不思議舘」という名前の幻想的なショーを見せるパビリオンがあったそうです。その中にカーマンセラー嬢という外国人の踊子が紹介されていまして、とても興味をもちました。この「不思議舘」という素朴な響きと、どこか見せ物小屋的なイメージに魅せられて、この名前をタイトルに使いました。
・・・そういえば「見せ物は、美術が生まれ育った家である」と、何かの本で読んだことがあるけれど、見せ物小屋の奇譚めいた感覚が、明治の時代の内国勧業博覧会にはつきまとう。日本古来の伝統主義と西洋のモダニズムが絡み合って、不思議な憧憬を呼び覚ますというか・・・。そういう印象はありますよね。
それが私も好きでとても興味を持っています。東洋と西洋の和洋折衷のミックスされた文化にとても惹かれていて、それをすごく面白いと感じているんです。例えば畳のある部屋に出窓があったり、私の実家もそういう家なんですけれども、自分の生活の中にあった身体に馴染んだ光景だから何の疑問も持たずに暮らしていて、そこには西洋に対する憧れと、自分が日本人として存在するアイデンティティーが入り乱れて不思議なイメージを生むというか・・・。
・・・不思議なイメージというのは、片一方だけでは見えて来ないマージナルな世界観なのかもしれませんね。作品はかなり物語性が強いですよね。
それはたびたび言われます。描いていくたびに物語が、次々と出てくるというか。ただ具体的なストーリーがあるわけではなく、様々な記憶が扉を開くように、フラッシュバックしながら出てくる感じですね。
・・・絵の中に記憶の断片が絡み合って、「不思議舘」での幻想的なショーを見るような、映像のイメージを強く感じます。
目の動きは結構よく意識します。見ている方の目の動きというか。ですからもっと横長や縦長の絵を描きたいと思っています。中世ヨーロッパのテンペラ画、もしくは日本の絵巻物にみられるような、パーツ、パーツで町並みや人が動いて違う世界をつなげていく時空感覚。そういう感覚がとても好きなんです。
・・・時間を繋げて永遠の世界へ誘うということですね。それがコメントに書かれていた額縁の役割でもある。絵具にキラキラしたラメが入っているのも、永遠への誘いに一役かっているのではないですか。
装飾的なことがとても気になるんです。シンプルなものが苦手で、私自身の育った環境も、1年中クリスマスのような感じだったものですから(笑)、それが当たり前だと思っていました。「物」の溢れる部屋に囲まれていたので、本当はもっともっと「物」を描きたいんです。
・・・だからといって絵画の物質感は邪魔なんですよね。
物質感があると、イメージの広がりを止めてしまうような気がするからなんです。それと画材にアクリルやガッシュ、キャンバスの代わりにケント紙を選んだのは、もうちょっと身体的な面で・・・元々、油絵は高校の時から描いていたんです。ただ麻布の目が、幾ら細かいものを選んでも画面に目が出てしまうので、それがどうしても気になり、つるつるの画面を作って油絵を描いていたのですが、油絵具自体にもだんだんと違和感を感じ、水彩紙を使っても、画面に凹凸があるので、ニュアンスがつきすぎて偶然性ばかりでてしまう。それも嫌だったので、今はパネルにケント紙を張って描いています。ケント紙は石膏地のフラットさに近いので使っています。
・・・パキとしたものが描きたいということですか。
とにかく次々と絵を重ねて描きたいんです。油絵を中断しているのも、絵具が乾くのに時間がかかるからなんです。でも最近は並行して油絵も描いています。イメージをどんどん描写できるアクリルに対し、油絵はゆっくりイメージを膨らませることができるので、この両方の感覚を今は楽しんでいます。
〜12月3日(土)まで。
(c)MINAKAWA KOTOMI
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