内倉ひとみ
2006年2月16日(木)-28日(火)

閑々居
東京都港区新橋1-8-4丸忠ビル5F TEL 03-5568-7737
11:00-18:00 日曜休 http://www.kankankyo.com

|
「ルミエール」はフランス語で光という意味なんです。英語ならばライトですね。光というのは、例えば太陽でも、人工光源にしてもそれはとても強烈なものですよね。そのまま直接目を向けるとまぶしいだけです。ですから、光の表情というのは、加工されて、何か手を加えてはじめて、私たちはその光がどういうものなのかを気づくことができるんです。それをいかに加工して光の表情を見せるかというのが、私の仕事だと思っています。 ・・・「光の表情を見せる」というのは、2001年の「輝く細胞」(http://www.gaden.jp/info/2001/010109/0109.htm)の作品を拝見した時に、体感しました。そこに彼岸の世界を見たような気がしたのです。ただ、あの時の手法は、反射光の表情を壁に投影したものでしたよね。今回の作品は光の粒子が紙という物質として平面に置き変わっている。まさか「輝く細胞」が「ルミエール」に移行していくとは予想できませんでした。 向こうから降って湧いてくる光をどうやって平面で表現すればいいのか、何年も前から考えてはいました。私は、自分が試験的に作ったサンプルを必ず記録として残しています。アトリエにはそういう試行錯誤したものが詰まっているんです。それらは忘れてしまったモノだけれども、あるときふっと記憶の中に立ち昇ってくる。それは光が押し寄せてくるイメージを絵具で描いてみたものだったり、クリスタルのプリズムから虹の光の粒を抽出して表現したものだったり、ただ、今まで作ったものは、どれも説明的になってしまって・・・。 ・・・説明的ですか? 私は自分しか見ていないようなものを解説するために、作品が存在するとは思っていないのです。それは私の仕事ではないと思っています。今回の作品は、私が作ってるんですが、私が見ているこの光の玉も、ご覧になる方が見ている光の玉もまったく同じものなんです。私というフィルターを通して鑑賞者が見ているものではなく、私も周りの人もみなが、同じ光の玉を見ている。そういう正直さというか、そういう現実的なobjectivityを含んだものを作りたかったんです。 ・・・確か「ルミエール」は、アトリエの大掃除の時に偶然生まれたと、ギャラリーのテキストに書かれていましたね。 ええ。紙入れの引き出しの中から、1989年から2、3年の間に描いたドローイングと共に大量の未使用の画用紙が出てきたんです。その時にふと閃いて今回の作品が生まれました。 ・・・閃きから生まれた作品ですか。でも、何故画用紙を選ばれたのでしょうか。初めからこのように切って作ろうと思われていたのですか。 子供の頃最初に描いたのは、画用紙じゃないですか。あの画用紙に向かう無垢な感触がいいなと思ったんです。切ることに関しては、1983年に、始めて発表した作品は段ボールにペイントして切っているんですよ。私にとって画面を切るというのは全然特殊なことではない。切り抜くというのはまず重奏化させるためですけど、1枚の紙を使ってどれだけ紙の表情を楽しませるかというための一つの手段でもあります。だから切ることには抵抗はないです。むしろフォンタナのキャンバスを切った作品を見るとゾクゾクしますし、タージマハールのイスラム模様の透かしの門扉を見た時にもとても美しいと感じたんです。それに切ればふっと空気が抜けるじゃないですか。動かないものが動いたという状態になる。
使おうとは思いませんでした。何故なら自然の光の色が作品に、影響を与えてくれるからなんです。出来上がった作品をアトリエで見ている時に、夕日が差し込んできて、とても美しいバラ色に染まりました。それは2、3分で消えてしまいましたが、もう2度と見ることができない色でした。その一期一会を表現するのに適した色は、白なんです。 ・・・何故光のシリーズが生まれたかは、2003年に那須のアトリエでお話をお聞きしたことで(詳しくは、http://www.gaden.jp/info/2003a/030910/0910.htm)わかったつもりです。 そうでしたね。それまで何がなんでもこれは私の全責任において「作品を作るんだ」という気持ちになっていたのが、光のシャワーを見た時に、肩の力が抜けて楽になったんです。「 私は光を加工して、こういう状態を人に見せてあげる人になればいいんだ。そして見る人の中に何かが生まれればいい」。そういうリレーションのやりとりの中に自分の作家としての位置を見つけたんです。それ以降「光」を制作するようになりましたが、光の作品は何作作っても飽きないんです。何故飽きないか最初はわからなかったんですが、バリに行く数ヶ月前に家の前の雑木林を歩いた時に、ふとある考えが頭に浮かんだのです。日本の神社仏閣の伽藍の配置の仕方と、カテドラルの配置が同じだと思ったんです。
日本であれば参道の入り口に、まず門柱があってそこから参道に入るわけです。入ってから、常緑樹の木立の木漏れ日を浴びて八幡(古来広く信仰された。やわたのかみ)に至る。日本の場合はどれもほぼ似たような構造をとっています。そして大きなゴシックのカテドラルであっても、ポルテから入って両脇にステンドグラスがある道を通って、光の洗礼を浴びて御神体か聖遺物に至るわけです。カテドラルは建物になっていますけれども、日本は屋外です。でもまったく構造は同じなんですよ。門から光の洗礼を浴びて、宗教的な何かに辿り着く。宗教には戦略的な意味合いがありますから私にはまったく興味がありませんけれども、人間というのは不思議なもので、現実の中だけでは生きていけなくて、必ず形而上的な現象を超越しその背後に在るものの真の本質に思いを馳せる。そういう精神世界を持っていないと、私たちは気が狂ってしまうようにできているのではないでしょうか。だからそういう体験をすることによって、光で精神を洗うというか。それは洋の東西を問わず、また古代の人も先史以前の人も、そうだったと思うんです。 ・・・沖縄の御嶽(うたき)も自然の大聖堂といわれてますね。 どんなに宗教が違っても、民族が違っても、私たちが光を浴びる時の感覚はみな同じでとても貴重なものです。きっと古代の人も同じものを感じていただろうと思うんですよ。冷戦が終わったあと、21世紀になって世界的な規模でグローバル化が進んでいますが、次第に宗教的な民族主義に移行しはじめているような気がします。それぞれの国の人々は、歴史も違うし成り立ちも違うからあたりまえかもしれません。でも、私たちはずっと民族や宗教や思想の根底にある光の洗礼を受けてきた。祈りにも似たような気持ちは、みなに共通していて、まったく同じことを感じているはずだと思うんです。だからきっと私のこの光の作品が役に立つのではないかと思うんですよ。そういうことが自分の中ではっきりしてきた時に、この作品がふっと出てきたんです。ですから、できるだけ多くの方たちに見て欲しいですし、私の見てる光を一緒に見て欲しいと心から思いますね。 〜28日(火)まで。
(c)UCHIKURA HITOMI |