ギャラリー椿 presents

呉本俊松 展
2006年3月16日(木)〜3月29日(水)

東京都中央区京橋3-3-10 第1下村ビル1F  TEL 03-3281-7808
a.m.11:00〜p.m.6:30(日曜・祭日休廊)
http://kgs-tokyo.jp/tsubaki.html


1951長野県伊那市生まれ
1973大阪芸術大学 美術学科卒業

<個展>

1975 信濃橋画廊(大阪)   
1976 信濃橋画廊(大阪)   
1977 ギャラリー16(京都)  
1978 ギャラリー16(京都)   
1979 信濃橋画廊(大阪)   
1980 信濃橋画廊(大阪)  
    多田画廊(大阪)    
1981 多田画廊(大阪)    
1982 朝日画廊(京都)    
    青画廊(東京)      
1983 多田画廊(大阪)     
    鎌倉画廊(東京)    
1985 オンギャラリー(大阪) 
1986 オンギャラリー(大阪) 
1987 信濃橋画廊(大阪)    
    第3美術館(ソウル)  
1988 オンギャラリー(大阪)      
    ギャラリーなかむら(京都)  
1989 韓国画廊(ソウル)       
    オンギャラリー(大阪)

 



1990 オンギャラリー(大阪)
1991 シティギャラリー(神戸)
1992 集雅堂ギャラリー(大阪)
    オンギャラリー(大阪)
1993 シティギャラリー(神戸)
1995 山木美術(大阪)
1996 ギャラリーなかむら(京都)
1998 ギャラリー椿(東京)
1999 山木画廊(大阪)
2000 ギャラリー椿(東京)
    信濃橋画廊(大阪)
2001 (木版画) ギャラリー椿(東京)
2002 ギャラリー椿(東京)
    はら美術(伊那市)
    信濃橋画廊(大阪)
2003 ギャラリー倉屋(北九州市)
2004 ギャラリー椿(東京)
    山木美術(大阪)
2006 ギャラリー椿(東京)



・・・はじめに今回のテーマを教えて頂けますか。

今回はじめて人間と同じような扱いで、馬が画面に登場したというのが特徴的です。馬の作品というのは、古今東西の美術作品の中に繰り返しモチーフとして登場してきたものですよね。以前から、馬に対する自分自身の切り口ができたら、描いてみたいと思っていたのです。実は25年ほど前、30歳の時に馬と接する機会があり、馬の美しさと、騎乗する難しさを知り、馬術競技にのめり込んでしまいました。昨年は、岡山国体に出場、障害飛越競技、成年の部、六段で6位入賞を果たし、選手としては最年長でした。そういう意味で、一般の方が馬を見るよりも、かなり馬のメカニズムに精通していると思っています。長い間馬と一緒に時間を過ごしたものですから、多分今までの美術家がとらえた馬の表現とは違ったものになるのではないかと思いますね。

・・・馬は流麗な優美な形が特徴ですね。

馬は美しすぎるし、人を魅了するからたちどころに絵が完成すると思うんですよ。
ある意味、それで類型的な絵になってしまう恐れもある。僕が二十数年間馬を描くのをためらっていたのはその点が気になったからです。でも長い間、馬のしくみだとか生理だとか、日々馬と接することによって、馬に対する理解が深まっていった。たとえば馬というのは記憶力がものすごくいいんです。そういう馬本来の姿を理解することで魅力のあるショットや角度がわかってきたように思うのです。

・・・画面の余白の部分に刻みこむような痕跡があるのは何故でしょうか。

直接彫っているんです。ある一定の高さまでモデリングペーストのマテリアルを積み上げて彫刻刀で彫るのです。

・・・そういえば以前版画を制作されていましたね。描くということと彫るということが同一画面上の中に提示され、描くものは記憶であり、作品に刻みつける痕跡は版の要素を内包しているように感じます。

余り意識してはいませんでしたが、以前版画を少し制作していたのでそういう要素があるのかもしれません。版画というのは、タブローとは違って、システマティックな作業ですよね。一つ一つのシステムを詰めていく中で、最後に刷るということできちっと完成したものになる。その瞬間がとても心地いい。刷ることでピリオドをうつ。ですから版画のようなプロセスで、タブローを描いていきたいなという気持ちがありますね。それもできるだけシステマチックに描きたいと思うんです。例えば西洋の絵画である油絵というか洋画を克服できるかといえば、基本的に無理だと思うんです。何が無理かといえば、大画面で色を混ぜながら作品を作り続けるその体力と精神力は、東洋人には向いていないと思うんです。僕は自分では、不向きだと思うので自分の絵画には版画のようなシステムを取り入れようと・・・。スケール感を追うということよりも、その中からにじみでてくるのものを大事にしていきたいと思うのです。

  

・・・輪郭線の部分はどのようにして描かれているのですか。日本的な木版画のイメージを彷彿させますね。

この物の形に添ったラインは、初めに全部一色で塗るんですよ。それを周りからせめていって線を残す。それこそ1枚1枚の版を作るように描いていくのです。

・・・刷るのではなく、描くという行為が内在するのは何故でしょう。

カサカサした感じと言えばわかりやすいでしょうか。例えば紙でもザラザラ、カサカサという感じのマチエールというか肌合いがあるじゃないですか。肌というものは、人間でいえばその人の体温のような気がするので、作品にも体温のようなものを強く意識したいのです。そうすると少し下地に工夫をしなければならない。そういう意味で紙は限界がありますからね。ですから綿キャンバスに辿り着いた。そこから新しい肌に出会うことができたんですよ。

・・・確か以前は額縁も作っていらしたのではないですか。

以前はそれが良くて制作していたのですが、額縁というのは叙情的というか感傷的な気がします。少しウェットになりすぎますね。最近は、そういう道具立てや化粧を余りしないで表現したいと思っているんです。それに額縁に固執してしまうと、プランをかなり煮詰めないとスタートできなくなってしまう。僕はこの頃思うのですが、作家は新しい作品を作るときに、余り先のことを考えずに、3分の1ぐらい見えたらスタートしてもいいと思うんです。ところが作品を生み出す様式の中には、自分の中で熟成したときに作りはじめなければならないという思い込みがある。それを考えると、ある意味で額縁は足かせになっていた部分もあったのではないかと思うんです。ですから走りながら考える。そうでないと馬はまだ描けなかったと思います。今描きたいものを描く。描くという意味で貪欲になるには、全部脱ぎさってしまおうと思ったんですよ。

・・・脱ぐということで見えてくるものがあるということですね。形というものはそういうものかもしれませんね。いろいろなものをまとっていたら、本質がなかなか見えてこない。本質というのは実はとてもシンプルなものかもしれませんね。最後にこれからの展開をお聞かせください。

作品が、見た人の記憶に残って欲しいし、心に残って欲しいなと思います。もう一度みたくなるような、そういった仕事を目標に頑張りたいですね。そのためには日々作るしかない。具体的にいえば、作る時間を増やすことがあっても、減らせないということです。でもこれは僕たちの世代にとっていちばん苦しいことなんですよ。例えば経済的に寄り添っているいくつかの仕事を減らしていくということを、自分のためにできるかできないかということになる。我々の世代は、経験の中で処理する能力やテクニックは、身に付いているわけじゃないですか。時間がないと結局そこに頼ってしまうんです。時間をたくさん作るということは、新しいことをやりたくなること。ただ時間をたくさん作るということは、経済を縮小するから飲みしろを少なくすること。それは本当に辛いことです(笑)。

目標はまわりの人に迷惑をかけずに、いかに描き続けていくか。次の仕事は今の仕事を続けることによってしか見えてこないわけですから、構想を立てるということは、あてにならないものなんです。僕たちはある程度の経験もあるし、自分のやってきたことを自信で支持することがいちばん大事。今までは自分の仕事を支持して欲しいということしか考えてなかったようにも思います。今は自分で自分の仕事に声援を送って、いかに自分自身が自信を深めていくか。それを切実に思うのです。何故今までそれが思えなかったのかとても不思議です。誰かが、僕の良いところを探してくれるなんていうことは大間違いで、まず自分が自分のいいところに気づくことが大事なことだと思います。陳腐な言い方になるかもしれませんが、絵を描くことが、自分をほめる材料になるんです。

〜29日(水)まで。

(c)KUREMOTO TOSHIMATSU


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